近くの犯罪、リアルタイム通知 米のアプリが物議
奔流eビジネス (スクラムベンチャーズ マーケティングVP 三浦茜氏)
A通りに裸で歩いている男性がいる。B通りで車が盗まれた。銃をもった男性がC店前で目撃された――。
先日スマートフォン(スマホ)にインストールしたアプリ「CITIZEN」(シチズン)から、1日に数件、こんな通知が送られてくる。シチズンは犯罪通知アプリだ。日本の110番通報にあたる米国の「911情報」や警察の無線通信をベースに、日々発生している事件の中から、シチズンのオペレーターが公共の安全を損なう事件を抽出して通知している。
進行中の事件や犯罪をほぼリアルタイムで知ることができる。ニューヨークでスタートし、昨年秋に筆者が住むサンフランシスコでも利用が可能になった。アプリを開くとサンフランシスコ近辺の事件が直近で起こった順にリストアップされ、スマホから約400メートル以内の事件についてはプッシュ通知が送られてくる。思いのほか、オフィスや自宅の近辺で、窃盗事件や暴行事件、拳銃にまつわる事件が起きていることに驚く。
犯罪に近づかないという意味では便利そうなアプリだが、実はいま、逆の意味で物議を醸している。このアプリの運営会社はかつて「Vigilante」(ビジランテ)という名前でアプリをリリースしたが、一度アップルのアップストアから安全性を理由に排除されている。ビジランテは日本語で自警団を意味する。そのコンセプトは、アプリユーザーが事件を共有し、みんなで犯罪に巻き込まれている人を助けようというものだった。
深夜に歩いている女性が後ろをつけられていることに気づき警察に通報する。現場に向かうパトカーから無線通信を傍受したビジランテが、アプリユーザーに向けて事件内容やエリアを通知する。気づいたユーザーが現場に向かい、警察到着前に女性を救出する。一見美しいストーリーのようだが、他のユーザーも犯罪に巻き込まれる恐れがあり危険だ。
ビジランテに続いてリリースされたシチズンは、ユーザーが助けに行くコンセプトは後退しているものの、「中継する」というボタンが付いている。引き続きユーザーが事件現場に向かうことを良しとしている。確かに例えば誘拐事件など犯罪が行なわれている車の車種やナンバーをシチズンがユーザーに通知して、その車を見かけた人が各所で中継すれば行方もわかる。映像を活用した集合知というわけだ。
ただ、念のため「安全な状況であることを確認してから、中継してください」といった趣旨の注意書きが表示されるが、それで大丈夫かという不安は残る。もうひとつ、ユーザーが投稿した映像はインスタグラムのストーリーズのような形で閲覧できるのだが、撮られた本人のプライバシーへの不安がある。シチズンによる映像の事前確認は行なわれているようだが、基準は明確でない。
物議をかもしているが、期待値は高いのも確かだ。シチズン運営会社は有名ベンチャーキャピタルのセコイア・キャピタルなどから1200万ドルを調達している。
今のところビジネスモデルは確立していない。シチズンの情報によって通る道を変えたり行動を変えたりしたことがあるユーザーなら、月額課金モデルになっても利用する可能性はある。ユーザーの位置情報を利用した広告表示もありうる。
またグーグルがグーグルマップ強化の一環として犯罪情報の表示を考え、買収するかもしれない。いずれにせよシチズンは犯罪情報における抜きん出た存在を目指し、まずはユーザー獲得に力を注いでいる。
個人的にはこのアプリを通じて、つねに自分の行動が監視されうる時代になっていることを改めて実感した。安価になった防犯カメラや車のドライブレコーダー、そして1人1台持っているスマホ。便利さと安全性、プライバシーの新たな基準作りなどの議論を呼びながら、こうした分野のサービスが広がっていくことになるだろう。
[日経MJ2018年2月2日付]