ヒモとは、女性に働かせ、金銭を貢がせる情夫のこと(日本語俗語辞書より)のヒモです。最近、そっかー!ヒモってそういう構造になってるのかー!と思う出来事がありました。

その昔、精神科医のゆうきゆう先生に、突撃!隣のライフハックvol.6:ゆうきゆうさんに聞くライフハックでインタビューした際に、こんな話を聞きました。

人は他人にしてもらったことより、他人にしてあげたことの方を覚えてるもんなんです。

現実:他人にしてもらったこと≒してあげたこと
記憶:他人にしてもらったこと<<<してあげたこと

持ちつ持たれつなので、大体みんなしてあげた分だけ、なにかしてもらってるはずなのに、してあげたことの方が多いように感じる。

だから変に我慢してはダメなんだと思います。「私はこんなしてあげてるのに…」という思いは解消しません。つのるばかりです。

してあげてる…マインドを「楽しいからやってる」に変えていくといいかもしれないですね。

この話を聞いた時、本当にそうだな!と思いました。

「こんなにやってあげてるのに!なんで!」みたいなことって人間関係ではよくある話。特に男女関係だと思い当たるフシがちらほらと出てきます。

このことはインタビューをした2009年から5年経った今でもマインドハックとして、ずーっと心にとめていたのですが、それがさらに強まる出来事がありました。

先日『ここらで広告コピーの本当の話をします』という本を読んでいたところ、回り道コラムというコーナーに以下のような内容がありました。

職業というものは本当にいろいろあって、女のヒモにもそれを職業としてやるプロフェッショナルが存在します。その手口はどういうものかというと案外とシンプルで、「借り」を作り続けるんですね。「缶ジュース買ってくれない」という小さなものから始まって、「ちょっと千円貸して」がいつの間にか「生活費貸して」になっていくのですが、重要なのは、その間、「返す」ことをしないことだそうです。人間というものは、何かしてもらった相手を好きになるのではなく、何かしてあげた相手に執着するんです。プレゼントをもらった人ではなく、プレゼントした相手をすきになるということ。

広告コピーの本を読んでたはずなのに、いきなりヒモの話(笑)。でもこれを読んで、目からウロコでした。

「こんなにやってあげてるのに!なんで!」が執着になるんですね。納得。

結婚願望がある妙齢の女子によくある「彼氏と長く付き合っているけれど、結婚の話にならない。でも、ここまで来たら引き返せない」みたいなの話も、この派生系なのではないかと思います。「私の20代をささげたのに!」という”自分がやってあげたこと”に執着してしまう。

これはおそろしいなーと思いました。最初は「頼られて嬉しい」とか、そういう所からはじまるんだと思うのですが、その後は

「やってあげた」という気持ちは募るばかりで満たされない

いずれそれは執着に変わり、取り返さなくては!と思ってしまう

取り返すつもりがより捧げることになり、「やってあげた」という気持ちは募る

以降ループ

ただこういう心理的トリックがあることを知っていれば、「私は心理的トリックに自分でひっかかって、妙な執着をしてしまっている」ということがわかると思うのです。

なんで学校で教えてくれないんだろうなーと思いました。